10年経っても経産婦

息子を出産してから10年が空いて二番目が出来ました。
家を新築で購入したばっかりで、これから長い住宅ローンが始まろうとしている時に正直どうしようかと悩みましたが、一人っ子ではやはり可哀想だし、女の子だったら嬉しいし、と言う事で10年空いても出産を決意しました。
上の子の時に比べて、産婦人科の体重管理はかなりうるさくなってました。
出産までに増えていい体重は8㎏までときつく言われたし、上の子の時に体重を戻すのに苦労したので自分でも、スイミングやエアロビクスなどに通ったりしてかなり気を付けました。
10年空いても経産婦と看護婦さん達に言われ、自分でも二人目となると少し余裕が出て結構体は動かしていました。
6か月検診の朝、体重が増えていないようにフローリングの拭き掃除をしてから行こうと思って張り切って膝をついて掃除をしていた時、お腹の張りが出たので体を起こしたところ、お腹の中で赤ちゃんがゴロンと回転したのがはっきりわかったんです。
そして検診に行って超音波を当てると案の定、逆子になっていました。
まだ6カ月だから治るだろうと思っていたのですが、赤ちゃんが逆さの方が居やすかったのか全く治りませんでした。
婦人科の先生と相談して帝王切開で出産することに決まりました。
確かに陣痛の痛みはありませんでしたが、出産後の痛みが結構酷いのとお腹を縫ったので抜糸をした傷跡も生々しく残ったりで、私個人の意見では絶対に自然分娩の方がいいと思いました。

一度妊娠すると妊娠しやすい!?妊娠中の好み☆

私は妊娠しやすい体質のようで長女妊娠時は、ひと月仲良しを頑張りおめでた。
次女妊娠時はお正月に楽しくみんなで飲んで1月1日~3日までの間の3回仲良ししただけでおめでた。
長男妊娠時はこれまた排卵日に狙いを定めて仲良し、そして見事に待望の長男!
妊娠のことで悩む人も多い世の中で、凄く運のいい体質のおかげかポンポンと産まれてきてくれました。
あと妊娠すると嗜好が変わるというのはよく聞く話ですよね。
食べ物の好みが変わるのは皆さんも経験があるかなと思います。
長女のときは元々甘いものが苦手だったのに無性にチョコが食べたくなり、ひたすら食べ続ける。
次女は「なまこ」が食べたくなり、やはりひたすら食べる。
さすがに少し心配になったので先生に大丈夫か聞きました。
そして長男の時は、珍しく食が変わらないんです。ですが明らかに違いが出ました。
「トイレの洗剤のにおいが堪らない!」
これは一番驚きました。トイレ掃除が無性にしたくなるんですよ、1日2回も。
こんなこと初めてだったのでおかしくなっちゃったのかと心配になりました。
でもトイレの洗剤のにおいも、たわしのシャカシャカした感触も、お風呂のボディータオルのシャカシャカした感触もすべてが大好きになりました。
しかしそんなのも妊娠中のみ、長男出産後はまったくその感覚はなくなり、トイレ掃除するたびに
「なんでこの感触と洗剤のにおいが好きだったんだろうか」と未だに不思議で仕方ありません。
妊娠というのは女性にとっての一大イベントの一つ、神秘のかたまりなのかもしれませんね。

私が妊活を始めてから妊娠するまで

私は、6歳歳上の男性と結婚をしました。仕事は知的障害者施設の支援員でしたが、旦那も私も保育士資格を持っており、二人とも子供が大好きです。 なので、結婚してすぐから妊活を始めました。周りの友達もチラホラ妊娠報告していて、子供って意外とすぐにできるものだと思っていました。 でも、毎月毎月生理が来るたびに、「またダメだったか」と肩を落とし、そのうち周りからの妊娠報告が辛くて、涙があふれることもありました。 そこで私は、産婦人科で一度検査をしてみることにしました。すると、先生に「排卵してないね」と言われてしまいました。
排卵していないということは、妊娠もできないという事。毎月きていた生理に、何の違和感もなかったけど、今まで毎月きていた生理は「無排卵月経」でした。
私は「今までの妊活は、全然意味なかったんだ」とすごくショックを受けました。でも、先生が「早く気づけたことは、いいことですよ。薬を飲めば治るし、排卵もちゃんと来るようになりますよ。」と言ってくれて、すごく心強かったです。 それから、薬を1週間ほど飲んで病院に行くと、ちゃんと排卵していました。すごく嬉しかったです。
それから2ヶ月後、無事に小さな命が、私のおなかの中に宿りました。
病院に行こうか躊躇っていたけど、今思えば、もっと早く行けばよかったと思っています。

私が妊娠した。
妊娠がわかったとき、とにかく頭が真っ白だった。

結婚したときから、妊娠願望はあった。でも、結婚式や主人の転職などが続き、2人で子どものことを第一に考えることができなかった。
周りの友人や実母からも、まだかまだかと聞かれることにストレスを感じていた。

『そろそろかな。』
転職して半年が経った頃、主人の口から出た言葉。私が待ち望んでいた言葉が、結婚して3回目の秋。それまで、避妊をしないこともあったが、妊娠することはなかった。

妊娠しないのは自分に問題があるものだと思っていた。生理不順と、生理痛が少し酷かったからだ。
主人には黙って、産婦人科に通ったこともあった。特に異常はなく、年齢的にもまだ若いということで、経過観察との診断。この診断が、私の中の不安をさらに大きくした。
周りが妊娠ラッシュの中、私だけが取り残されていると焦っていた。
待ち望んでいた言葉をもらってからも、私の生理不順は変わらず、排卵しているかどうかもよくわからなかった。基礎体温をグラフ化しても、きれいな2層にはならず、いわゆるタイミングもよくわからなかった。

結婚して4年目を迎えようとしていた12月初旬。毎朝計っていた基礎体温の高温期が2週間続こうとうしていた。
この日の私はオフ。主人を見送り、二度寝したあとのトイレで、ふと検査薬を手に取った。
何度も試した妊娠検査薬。見慣れたパッケージ。使い方も慣れたものだ。
どうせ今回も陰性だろうと思っていた。けど、判定窓を見た瞬間、手が震えだした。

気づいたときには、主人と電話がつながっていた。
『なんか、妊娠したみたい。』
このひとことだけ言ったことは覚えている。電話口のむこうでは、そっけない返事。
それもそのはず。出社したとたんにかかってきた電話。このときは、おおっぴらに喜ぶこともできなかったそうだ。
電話を切って、急いで支度をして産婦人科へ向かった。

この日は珍しく空いていて、受付から診察まではあっという間だった。
診察室に入って、陽性反応が出たことを伝えると、最終生理開始日を聞かれる。
このときの最終生理は10月下旬。それを伝えると、内診室へ移動するように言われた。
エコーを見てもらったけど、何もうつっていない。先生も困った声を出している。
『念のため、ここの尿検査をしてきてもらえるかな。』
実は妊娠していませんでした。こんなことを言われるんじゃないかと、新たな不安が生まれた。尿検査をすると、すぐに診察室に呼ばれた。
『うん。尿検査は陽性だね。生理不順だから、まだ赤ちゃんがエコーにうつらないだけだと思う。でも、妊娠していることに間違いはないから、自覚して生活してね。2週間後にもう一度きてください。』
先生の言葉を聞いて、やっと安心できた。
本当に妊娠した。私が妊娠した。とにかく、不思議な気持ち。嬉しいけど、どこか不安がついてまわる。

先生からは、おめでとうの言葉はなかった。これが不安の種かもしれない。
もっとドラマみたいに、笑顔で祝福されるものだと思っていた。けど、先生の表情はマスクによって読み取れず、診察室も無機質なものだった。
夜、主人が帰宅したときも、いつもと変わらないただいまのひとこと。
もっと笑顔で帰ってくると思いきや、あまり興味を示さない。
今思えば、照れ隠しだった。
病院でのことを報告して、主人の休みに合わせて病院に行くことになった。

2週間後、主人にとって初めての産婦人科。土曜日とあって、待合室にはたくさんの妊婦さんやその旦那さんがいた。
私もこうやって、夫婦で検診に来るのかな。こんなにお腹が大きくなるのかな。
前回の検診より、幸せなことを考えながら順番を待つことができた。

順番が近づいてきて、中待合室で待つように呼ばれる。ここで主人と別れて1人になる。
1人になった途端に不安が襲う。また見えなかったらどうしよう。笑顔で家に帰れるのかな。
そして、私の順番が回ってきて、内診室へ通され、エコー検査が始まった。
『この黒いのわかる?これ、赤ちゃんの袋だからね。ちゃんとお腹に赤ちゃんいるよ。支度して診察室に来てね。』
身なりを整えて診察室に入ると、先生の机には白黒写真が置かれていた。
『ちゃんと育っているからね。年明けには出産予定日がわかると思います。次は年明けに来てくださいね。』
そう言って、私に白黒写真を差し出した。
これが、私の赤ちゃんの初めての写真。まだまだ袋。黒い影みたいにしか見えないけど、とても愛着が湧いた。

会計も終わって、車に乗り込むとすぐに主人に写真を見せた。
『これで君も親になるんだね。自覚した生活しなさいよ~。』
もっと感動してくれると思いきや、意外にそっけない。でも、それが主人らしい答え方。
それはそれで嬉しかった。

私が妊娠する。こんなに早く実現するなんて思ってもいなかった。もう実現すらしないと思っていた。
まだぺたんこなお腹だけど、命が宿っている。
まだ人の形もしていないわが子。とっても愛おしい。
私たちのもとに来てくれて、本当にありがとう。

夫目線からみた妊娠、出産

夫目線から書いた妊娠、出産の体験談ってあまりないように思えるので、書いてみたいと思います。

妊娠している事を妻から告げられたとき、もちろんうれしかったけど、実感はありませんでした。最初の3,4ヶ月程まではつわりもありましたが、それ以降は普通にしていたからです。おなかが大きくなるのも、当然ながら毎日少しずつなので、よくわからないのが本音でした。

胎児の写真をみてもピンとこなかったですし。実感がわき始めたのはやっぱり胎動が始まってからですね。

妻のおなかがポコポコ動くのを見て、「あっ本当に赤ちゃんがいるんだ。」と実感できました。その頃になると胎児の写真も人間らしく写るようになってきたので、うれしさがましました。

うちの子供は他の子より大きいらしいので、生産期に入ってすぐに出産できるように入院をしました。 最初は陣痛促進剤を2回ほど試したのですが、おなかの中がよっぽど気に入っているのか、全く出てくる気配がありませんでした。

そしたら先生が「んじゃ明日切っちゃおうか。」と軽い口調で言われたのがびっくりでした。当然立会いも出来ないので、手術中は待合室に義父母と一緒にいたのですが、ずっとドキドキして落ち着きませんでした。

無事に生まれたと先生から言われたとき、赤ちゃんが生まれたのもうれしかったけど、妻の身に何もなかったのが本当に安心しました。翌日、妻が普通に歩いていたのにはもっとびっくりしましたが(笑)

今回の出産で強く思ったのは、夫の役割って妻をサポートすることだなと言うことです。正直おなかの中にいる赤ちゃんに男はなにもできませんからね。妻のストレスを少しでも軽減してあげるのが、ひいては赤ちゃんもサポートする事につながるのだなと思いました。

胎動が大きくなってきました

胎動を感じるようになってからのマタニティーライフの過ぎ具合はとても早いものでした。あっという間に30周を越していて、これまでちょこちょこ動いていた赤ちゃんも、そろそろ大きくなってきて狭くなってきたせいか、ちょこっとした動きよりも、大きくモコモコと動くようになってきました。

横になると、あ、今こんな位置にいるのかな?と分かるぐらいの動きなので、楽しくなってきました。グリーっとお腹の中を硬い何かが外に向かって動いた時に手を当てると、何やら丸い硬いものが当たるので、足かな?手かな?とさぐりさぐりで二人で遊んでるような気分になり、少し痛いですが、楽しいです。

しゃっくりも、最近では分かるようになって、ピクッ、ピクッとしばらく動いているのも伝わってきます。ますます愛おしさが増して早く会いたい持ちになります。

前回の検診では下を向いてしまっていたので顔が見れず、今回はちゃんと顔が見れたらいいなと、動いているお腹に声をかけながらのほほんと過ごしています。

妊娠中の体重管理

妊娠中は、体重管理にかなり気を遣っていました。

以前は「子供の分までご飯を食べなさい」と言われていましたが、今は1人分をしっかり食べれば充分というふうに変わりましたよね。
産婦人科でも、厳しく体重管理をされるところがあると聞いています。
私が妊婦検診を受けていた産婦人科は体重管理に厳しくはなかったですが、増え過ぎるのは怖かったですね。出産後にちゃんと元に戻せるんだろうか、と。

私は食べづわりで、何か口にしていないと気持ち悪かったんです。だから飴やガムでごまかしつつ、食べられるもの(味覚が変わっていて受け付けないものも多かった)をちょこちょこ食べてました。
そして安定期に入ると、食欲は増大…つわりの時には食べられなかったお米もおいしくもりもり食べてました。
なので結局、最後まで体重は増える一方でしたね。
それでも、毎朝と夕方に体重測定をしていたおかげか、増え過ぎるということはなく無事に出産できました。

食べたくても我慢したものも多かったけど、無事に産前の体重に戻った今では、ちゃんと体重管理していてよかったなと思ってます。

妊娠は自然にまかせて

私は結婚後、6年間子供ができませんでした。特に避妊とかもしていなかったので、子供ができにくいのかな、と思っていました。親などからプレッシャーも少しはありましたが、2人の生活が快適で楽しかったので、それほど子供が欲しいと思わず、そのままずっと二人で共稼ぎで楽しくやっていてもいいなあ、などと考えていました。

だから、妊活みたいなことも全然やらなかったのです。ところが、6年目に、何の前触れもなく、なぜか突然お腹がすくようになり、食べ物に興味が出てきてしまって、自分としては初めてのことだったので、おかしいなあ、と思っていたら生理が止まり、妊娠検査薬を買ってきて自分で調べました。

結果はやっぱり「プラス」でした。それでも半信半疑で産婦人科に行くと、「おめでたです」と言われました。自分は妊娠しにくいタイプだとばかり思っていたので、こんなに急に、簡単に妊娠するとは思っていませんでした。全く自然にまかせて、何もせずに子供を授かったのです。

本当に子供は授かり物だと思いました。ありがたいことだと思います。出産も育児も大変だったですけど、子供を授かったのは幸せなことだったと思います。妊活をしている方たちは大変だと思いますが、こういうこともあるということです。

夢のお告げ

仕事ばかりに気を取られて生きていましたが、卵巣の病気で手術したのをキッカケに、(やっぱり私は子供を産みたいかも…)と大きく心境が変化しました。

そうして子作りを始めてみると、たった3ヶ月妊娠できないでいるだけでも、もう永遠にできないんじゃないか…という絶望感がクッキリと湧いてきたりするのです。

後から思えば、3ヶ月くらい妊娠しないなんて、全く通常の事態です。でもその時の私は、早々ともう何だかヤケになって諦め半分な状態でした。

そんなある日、私は何やら独特な雰囲気の夢を見ました。池のほとりに立っていて、小魚がキラキラと透明な水の中を泳いでいるのを眩しげに眺めるのです。すがすがしい風が吹いていて、とても優しい時間が流れる夢でした。

何気なく、以前からちょくちょく見ていた夢占いのサイトを開いて調べてみました。すると、魚が泳ぐ夢は妊娠している可能性がある、と。

心臓が跳ね上がりました。まさか…。いや、そんな…。

なんと、的中していました。そして、2人目の時も3人目の時も、私が生理の遅れなんかでピンとくる前に、もれなく魚の夢を見たのです。不思議なのは、それ以外の時は、まず魚の夢なんて見ないのです。

もはや、2人目以降の子作りの時には、生理がくるかどうかよりも、魚の夢を見るかどうかの方をあてにしていたくらいです。

夢ってホントに凄いよ、と、私は声を大にして言いたいです。

二人目の出産ハプニング

二人目の出産の時の話です。

その日に生まれるということで前日から主人も休みを取り、個室で一緒にすごしておりました。いよいよ陣痛が本格的に起こるようになり、私の中では”あぁ~もうすぐ生まれそう!”という感覚があったのですが、助産師さんや看護師さんは”まだまだ生まれないわよ~~”と落ち着いた様子。

朝から続いた陣痛がいよいよ昼頃我慢できないほどになっていましたが、”まだまだ生まれないからご主人さんお昼でも食べに行ってきたら?”と気軽に産院の方々が言うので、主人は私を残し昼食を取りに出掛けて今しました。その頃私はもう我慢できずに、まだ大丈夫という産院の方々の意見を半分無視する形で分娩室に必死で歩いて向かいました。

分娩室に入ってわずか3分・・・私の予想は的中し準備も間に合わないまま破水、それとほぼ同時に赤ちゃんが半分出てきてしまってのんびり構えていた産院は大騒動に。結局先生にとりあげてもらうことも間に合わずに娘はその場にいた看護師さんと助産師さんによってとりあげられました。

びっくりしたのは主人も同じ。昼食をとって産院に戻ってきたらもう娘が生まれてしまったのですから。立会い出産を望んでいましたが、結局私は一人で産む形となりました。出産は人それぞれと言います。ベテランな産院の言うことでも半分位で聞いておいたほうがいいのかも。